2022年6月3日金曜日

【歴史コラム】01.幕末・維新という歴史をながめる

【01.幕末・維新という歴史をながめる】


 幕末・維新の歴史の流れは、たった一日で豹変したりして、何度調べても解りづらい。歴史教科書などでは事実中心に叙述されるので、やたら事件の記憶に追われて一貫した流れとして把握しにくい。NHK大河ドラマなどでは、人物中心に物語を展開するので、比較的なじみやすいが、その人物の幼少期や晩年などは、歴史的な役割とは無関係に思えたりする。

 その道を専門にしているわけでないので、一向に差しさわりはなかったが、何か隔靴掻痒の感をずっと引きずっていた。先日、青木亮という人の次の記述を見て、長年の疑問が氷解した。曰く、

 「ペリー来航から明治初年までを幕末革命劇とみれば、これを幾つかの幕に分けることができ、それぞれ主役は違う。従ってたった一人を通じて時代全体の動きを理解するのがむずかしいからではないだろうか。」
http://agora-web.jp/archives/1659360.html

 そして、その区分は次の如くで、多少の異同はあるだろうが、おおむね納得できる。

》第一幕 ペリー来航から阿部正弘の死まで(ペリー来航騒動)       
ペリー、阿部正弘 水戸斉昭

》第二幕 井伊直弼の大老就任から桜田門外の変まで(安政の大獄)
井伊直弼、水戸斉昭、吉田松陰

》第三幕 桜田門外の変から蛤御門の変まで(長州の攘夷テロ)  
西郷隆盛、桂小五郎、久坂玄瑞

》第四幕 蛤御門の変から薩長連合まで(薩長連合と討幕)
西郷隆盛、桂小五郎、高杉晋作、坂本龍馬

》第五幕 薩長連合から江戸開城まで(大政奉還と江戸開城)  
パークス、徳川慶喜、勝麟太郎、岩倉具視、西郷隆盛、大久保利通、大村益次郎

 こうやって眺めると、一人の人物の働きで幕末を理解しようとするのが、どだい無理なのがよく解る。その中でも、薩長連合まで、比較的すべての流れに関知しているのは、坂本龍馬だと思われる。そういう意味で、司馬遼太郎の龍馬観が、龍馬を幕末のヒーローに一躍踊り出させたのも無理はない。

 私は龍馬を、司馬ほどに持ち上げては考えない。以前に、「龍馬は薩摩・長州・幕府・英国(グラバー商会)などの四重スパイだった」などとザレ事を書いてみたりした。実際には、利害・イデオロギーがバラバラに対立するこれらの勢力の、すべてに窓口を持ちえた稀有なブローカー的人物であったのではないかと考える。

 その龍馬が暗殺され、大政奉還、戊辰戦争を経て明治維新となるのだが、その流れを結びつける人物となると、これまた見つけづらい。西郷、大久保、木戸などの名を挙げてみても、彼らで幕末・維新を連ねて俯瞰できるわけではないのである。

 NHK大河、現行の『花燃ゆ』は視聴率で苦戦しているようだが、私は楽しんで観ている。一昨年の『八重の桜』もそうだが、女性視聴者ねらいで女性を主人公にもってきたからといって、女性が歴史物語にハマってくれるわけではない。「歴女」ブームだとか言っても、あれは土方歳三だとか坂本龍馬とか男性ヒーローのファンクラブみたいなもんではないか。

 むしろ注目したのは、幕末・維新という反転につぐ反転の時代を、しぶとく生きてつなげた女性をヒロインとして持って来たとこである。『八重の桜』の八重も、『花燃ゆ』の文(美和)も、幕府方の会津藩と倒幕の急先鋒長州藩と相反する立場に育ったが、幕末から維新にかけて、それぞれの時期に見合った伴侶を得て二つの時代をつないだ生活人として生きる。

 『花燃ゆ』の文を例にとると、兄の吉田松陰を慕って育ち、久坂玄瑞を最初の夫とし、その盟友 高杉晋作に励まされ、彼らの亡きあと、小田村伊之助(楫取素彦)と再婚し、群馬県令の妻として明治維新の世の中につながる。しかも、三人の女性脚本家が輪番で書いているというから、上記のすべての「幕」の局面を網羅して、それこそ「企まざる多角的視点」から描けるわけだ(笑)

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